第三章

今日はシトシトと雨の降る風のない朝だった。跳ねる飛沫がアスファルトの水溜りに波紋を重ねていくのをじっと眺めていた。待ち人は二軒先に住む幼馴染だからすぐ来るだろう。
「ごめんなさい、真紀さん。お待たせしました」
 雨音に混じって声を掛けられた。真紀が傘を上向かせると、鮮やかな配色のテキスタイル傘を差した静江が立っていた。昨日の夜、真紀は旧校舎から静江に電話をした。ある調べものをしてもらっていたので、詳細を今朝受け取ろうとしているのだ。
「気にしないで。こっちこそ朝っぱらから呼びつけてごめんね」
「それで、調べてはみましたけれど……詳細な設計図はなくて。せいぜい建物の見取り図くらいしか見つからなかったけれど。役に立つかしら?」
 不安げな顔をする静江だが、彼女に頼んだ仕事についてがっかりさせられた事はただのひとつもない。真紀はファイルにまとめられた資料をぺらぺらめくっていく。
「ん……。だいじょうぶそう。悪いわね、私はパソコンはからっきしだからさ」
 真紀の言葉に、静江はにっこりと笑顔で応えた。
「どういたしまして。これくらいはお安い御用です……ところで、その資料は幽霊の話に関係してるのかしら?」
「ちょっと気づいたことがあってね。もうちょい深いところまで調べてみようかと……あっ、ごめ! 言うことがあったんだ」
「あら、何か問題でも?」
「実はね――」
 真紀は昨晩に旧校舎であった出来事を伝えた。特に陸上部のことについては静江でないと手が出せない。
「そうですか。陸上部が……」
 話し振りは普段と変わらないものの顔にはしっかり感情が浮かんでいる。眉根を寄せる静江に、真紀はつい口元が緩む。学校では困った表情は見せても怒った顔を見せないのが静江だ。心底うんざりしているんだろう。
「その顔だと知ってそうね。陸上部は何かあるんだ?」
「陸上部、というよりは件の先輩部員とそのお友達かしら。困った方々です。主張を通すなら成果をだして頂きたいものですわ」
「そうね」
 口を尖らせて愚痴を述べる静江の傍らで、真紀は相槌を打つ。
 静江は生徒会長だ。息苦しいとわかっていても、学校では低学年にも同学年にも頼りにされるご意見番で通している。幼稚園児から静江と遊んできた真紀としては、まためんどくさいことをやっているなと思ってしまう。嫌なら放り出してしまえとも思っている。
 しかし、静江はめんどくさいことも嫌なこともすべて受け止めてしまう。受け止めたあとに悩み苦しむが最後にはうまく解決してしまう。真紀には到底できないことだ。
 ――だから、力になりたいよね。
 一通りの不満をぶちまけた静江に、真紀は茶化すように言ってやる。
「私も成果をださないと、生徒会長さまに怒られそうね」
「その通り、ですわ。がんばってくださいね」
 静江は一見真面目そうに言うと、すぐに悪戯っぽく微笑んだ。

隔された教室 第三章

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