小清水学園で白骨死体が発見される!? そんな大事件から一週間が経ったある日。
真紀は静江に誘われて買い物に出掛けていた。幽霊事件の解決の慰労会みたいなものだ。静江の買い物につきあってから少々甘いものが食べたくなった真紀たちは、大通りに面した喫茶店で休憩をしていた。
静江はホイップクリームをデコレーションされたホットケーキサンドを丁寧に切り分けながら、さらに黒蜜のシロップをかけている。なかなかレベルの高い食し方だ。
そんな真紀の思いなど露知らず。静江は美味しそうにホットケーキをほお張っている。
「……ところで、あの制服の少女は誰だったのかしら」
「ああ――」
真紀は琥珀色の紅茶で唇を湿らせてから、刑事から聞いた事件の真相について語りはじめた。
白骨死体で発見された少女。彼女は二十二年前に行方不明になった学生だった。しかし、小清水学園の生徒ではなかったそうだ。
少女は心臓の病で入退院を繰り返す生活を送っていた。小清水学園への入学を希望していたが、心臓の病が悪化して願いが叶うことはなかった。ちょうど少女の姉が小清水学園の卒業生で制服をもっていたらしく、少女は姉の制服を無断で借りて小清水学園へ登校。たまたま改装するはずだった旧校舎へ迷い込みそのまま亡くなったのだろう……。
静江は目元を潤ませながら真紀の話を聞いている。
「よっぽど小清水へ通いたかったのですね……。このような事実があったとすると、幽霊の話は……本物、ということになるのかしら」
「それは違うかもしれないわね」
警察の調査で事件の背景にあった旧校舎の改築工事にも問題があったことがわかっている。
旧校舎の改築工事は廊下や教室の位置を入れ替えるほどの大規模な工事にも関わらず、夏休みの期間しか工事できないという異常な工期計画だった。当時の工期計画を知る人物によれば旧校舎の設計はずさんなことになっている、らしい。それこそ大問題に発展しかねないほどに……。
そんな工事だったためか、工期計画を聞いたことがある知っている人物は見つかったものの、工事に携わった関係者に至っては一人も見つからなかった。
また、当時の小清水学園で工事の委託・計画などを行った学校側の人間は曖昧になっていた。工事の夏休みの時期に校長が入れ替わり、校長不在の間は教頭が代理で工事の責任者として登録されていたが、教頭は夏休み期間に事故で亡くなってしまい責任者が不在の状態になっていたのだ。
「そのお話がどのように幽霊のお話につながるのですか?」
「あの旧校舎は隙間だらけの劣悪な建物てことよ」
真紀はバニラアイスを舐めとったスプーンをピシッと立てる。
「まず、旧校舎に聞こえてくる声について。これは『隔された教室』を通り抜ける風の音が歪んで聞こえたものなんだよね。夏は窓を開けるから、音がよく響くんだ」
「夏に幽霊の話が多いのはそうだったのですね。白い影については?」
「あれは、『隔された教室』にたまった細かい埃や砂が風で飛ばされてきて天井の隙間から落ちてくるのよ。夜になるとその細かい塵に外灯の光が反射するの。遠目から見ると人影っぽく、見えなくもないわね」
「教室の机の数が変わる、というものは?」
「旧校舎の机って動かすことなんてないんだけどさ。運動部が雨の日に部活で教室を使うときがあるんだけど、使い終わったあとに元に戻すのが面倒で適当に戻すらしいんだよね。そのせいらしいよ、机と椅子はね」
「あらあら、困ったことですね」
「まったくねえ」
真紀と静江は顔を見合わせてクスクスと笑いあった。
そう。幽霊の話などなかった。すべては、有り得ない事実が積み重なった結果によって、偶然にも生みだされてしまった事象なのだ。
ただ。唯一、真紀には理解できない謎があった。
あの夜に教室で礼を述べた少女。あの少女は何者だったのか。真紀にどんな思いを込めてありがとうと呟いたのか。それだけは謎のままだった。
静江は濃厚なクリームに包まれたカプチーノを口に運びながら、残念そうに首を振る。
「ロマンチックだと思ったのですけれど、やっぱり幽霊なんていないのですね」
「わからないわよ」
真紀は静江の嘆きに被せるように言ってやった。
ロマンチックに考えるのなら。あの少女は幽霊だったに違いない。あの『隔された教室』で学校に通いたかったという願いを秘めたまま眠っていたのだ。
真紀は、誰にも気づかれなかった少女の願いを見つけた。彼女は自分の気持ちを知ってもらえたことについて礼を述べたのではないか。
「……たぶん、ね」
真紀は謎の解釈に想い更けながらひっそりと呟いた。