終章

あれから一週間が経とうとしていた。
そろそろ梅雨の匂いが漂い始め、空気が湿ってきていた。緑はいっそう青く生い茂り、桜の並木道に木漏れ日を落としていた。
 私のポジションは、やっぱり木の上だったりする。
「ぅぅぅ~陽光~、どうして~なの~ぅぁぁぁ~」
 私はいま、目の幅の涙を四六時中流し続ける女に憑いている。だから、喧しくて堪らない。だいたい涙が枯れないのだろうか?
「うっさいわね! 泣きたいのは私のほうだ!」
 なんとか二人の間に溝を作ってやりたいと思っているのだが……不満や欲望に満ちている人間は憑きやすいのに対して、『愛の力』が強いと何故か私は近寄る事すらできない。だから手出しができないのだ。
それならば、生身の人間に邪魔させようと目論んでこの女……横須賀三春に取り憑いてみたのだけれど。全然何の役にも立ちゃしない。
 私たちの数メートル前方に、仲良く手を繋いで歩いていくカップルがいる。
忍としての生き方を完全に捨てた陽光と、本と自分だけの世界から解き放った緋織。
朝が早いため他の生徒はいないため、二人は視線を気にすることなく慎ましく愛を深めていた。
「あぁ~いいなぁ、私も手繋ぎたいな……ラブラブ登校したかった」
 ヨヨヨと泣き崩れる三春に、今日で何度目か忘れたが私の中の大切な糸が数本切れた。
「やっかましーわー!」
 朝の清涼な空気を吹き飛ばす、私の大声がこだましていく。

愛の戦士は目も当てられない 終章

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